2022年度7月号 主題「あらわして」
主に向かって心から賛美し、歌いなさい。
エペソ5:19
今月の聖句は使徒パウロがエペソの町にある教会に宛てて書いた手紙の一節です。パウロはこの聖句の前で、「ですから、愛されている子どもらしく、神に倣う者となりなさい」と勧めています(1)。「神に倣う者となる」とはどういう意味なのか、パウロは3つの具体的な「歩み」を勧めています。①「愛のうちに歩みなさい。」それは、イエス様が私たちを愛し、私たちの罪のために十字架で贖いとなって下さったからです(2)。②「光の子として歩みなさい。」それは、私たちは闇から光とされているからです(8)。③「御霊に満たされなさい。」(18)「御霊に満たされる」ことの一つが、今月の御言葉です。「主に向かって心から賛美し、歌いなさい」とは、礼拝式の中で賛美することだけでなく、日々の生活の中で神様への感謝を表すことも含まれるでしょう(コロサイ3:16)。神様とイエス様に愛されているのだから、日々の生活の中で、私たちの唇を、互いを破壊する言葉ではなく(3-7)、高める言葉で満し、生きる真の神に栄光を捧げなさいと勧めているのです。 幼稚園の1学期もあと数週間となりました。暑い日々が続き、体調を崩す園児たちもいます。園児たちには、神様とイエス様が愛してくれていることを共に覚えて、神様への感謝を「あらわして」歩みたいです。また、葛藤の経験も含め、先生たちやお友だちと一緒に遊ぶ中で、自分の心にある様々な思いを「あらわして」ほしいと願っています。私たちも、子どもたちの心の内にある、目には見えない思いに寄り添い、子どもたちが心の内を「あらわす」、その時々の姿を、両手を広げて受けとめていきたいですね。
川井信雄
観測史上最も早い梅雨明けとなった今年。6月中から「危険な暑さ」と表現される酷暑が続いています。太陽の日差しは私たちにとってはなくてはならないものです。作物を育て、寒さの冬に陽だまりを作り心身を休ませてくれます。高い消毒効果を発揮し、様々な菌から私たちを遠ざけてくれます。そんな日差しが痛い今、大人の子ども達への思いの注ぎ方も振り返りたいと思わされています。
子どもが自分で靴のベロを出したいと指を懸命に滑り込ませている時、すっと出てくる手、自分の足で登ろうとしている段差を抱いてのせてあげる腕。はじめは温かな手かもしれませんが、ずっと続くと子ども達のやる気を萎えさせてしまいます。お気に入りの友達いないかな?と毎日キョロキョロしている様子に「みんなと仲良くできると素敵だよね」「お友達には譲ってあげたほうがいいんじゃない」とアドバイス。(楽しく遊べるように…)という親心も、心が繋がる前に言われたのでは友達を見つけるのが難しく感じてしまうかもしれません。 大人が子どもに注ぐ思いはいつでも「子どものため」です。必要だといわれる前に察知し、与え、つらい時には温かく受け止め、悪いものから守ろうと懸命に働き、子どもを諭します。けれど、時に酷暑の日差しのように真っすぐに、強く、いつまでも注がれすぎると子ども達は辛くなるのかもしれません。少なくとも子ども達が日陰を求めて隠れたときは、子ども達がまた出てくるまで待ちたいものです。この酷暑の日々でも、冬の陽だまりのようにありたいものですね。『言うは易し行うは難し』ではあるのですけれどね。夏休み、楽しく過ごせますようお祈りしています。
大谷真理子