2025年11月号 「気づく」
2025年11月21日
神は愛です。Ⅰヨハネ4:16
今月の聖句は、聖書の要約と言っても過言ではありません。「神は愛です」とは、神が私たちを愛していることを示します。神は天地万物を支え、様々な植物を養っておられます。私たち人を含め、小さな虫から、大きな動物まで、全ての命あるものは神の恵み深いご配慮の中で生かされています。自然に神の普遍の愛を知ります。しかし、聖書はイエスの十字架に神の愛が最もよく表されているとも教えています(1ヨハネ4:9)。神が御子イエスをこの世に遣わしくださったのは、私たちが自らの罪によって滅びることのないためです。そのために、神は私たちの罪の贖いとして御子を十字架へ送り、三日目に甦らせてくださいました(4:10)。つまり、私たちが神を愛する前に、神は私たちを愛してくださっているのです。私たちは互いを愛し合うように招かれています(4:11)。そうする時、神の愛が私たちのうちにあることが表されるのです(4:12)。
秋になると、幼稚園ではお芋ほりに出かけ、収穫感謝礼拝をささげます。神は多くの秋の実りを与えてくださっています。それらの実りを共に神に感謝します。園児たちには、秋の深まりをそれぞれ感じて、自然に触れて、自然を感じ、そこで終わるのではなく、自然を造ってくださった神の愛に心を向けてほしいなと願っています。また、遊ぶ中で、互いにぶつかることもあるかもしれません。互いに愛し合いながら歩んでほしいなと願っています。11月後半にはクリスマスに向けてのアドベントにもなります。イエスを送ってくれたのが自分のためであると知り、神の愛を改めて共に感謝したいと願っています。
川井 信雄
収穫感謝の11月。食べ物は自然を通し神様からいただく恵です。収穫を子ども達と楽しむ中で素敵な姿に出会ったのでご紹介です。
先日は年長さんが春に植えた苗の稲刈りに行ってきました。苗がだんだんと大きくなる様子を写真で見ていた年長さんは張り切っていました。田んぼでは最初に鎌で稲を刈ります。腰をかがめて目の前の稲をどんどん刈っていく面白さに熱中して、目の前に道ができるほどでした。その後は機械刈りを見せてもらい、機械にも少しずつ乗せてもらいガッチャンガッチャンと刈られているリズムも感じました。その日の帰りの会で『おこめができるまで』という科学絵本見たとき、絵本の中の大きな田んぼを見て「こんなの全部刈るの大変じゃん!」と声が上がりました。「だから機械で刈るんだよ」と返すと「でも、自分で刈ったほうが楽しいよ」と返ってきました。そして「機械だって何回行ったり来たりしないといけないの?100回?」と驚きの声も上がりました。子ども達は体を使って稲を刈る大変さを実感し、でも自分の手を動かして働く充実感も味わい、そして機械刈りだからと言って差ほどのスピード感ではないことも知ったからこその言葉です。
実際に体験することで得られる喜びや知識は、絵本やメディアに触れたときに得られるものを何倍にも深くしてくれます。それは体験に基づいて想像することができるからです。子ども達は収穫したお米の他にも心の中にこんなにたくさんの収穫をしたのですね。バーチャルでなんでも体験できているような気持になる現代ですが、それを生きた知識にするのは実体験ということを改めて教えてもらった稲刈りでした。
大谷 真理子